「心」が求める、「自分らしい自分」が求めるもの😌💗
「心」が探す、「自分らしさ」🤔
「心」(思考・感情含め)は、
自分が、
どのように、生きるか、
どのような、人格として表すか、
などを、常に、模索している気がします🤔
まるで、決まりきった「自分らしい自分」が、居るかのように振舞いながら、
実際には、
「自分らしい自分」を、探し続けて、
どのような自分が良いか、を、
自覚的にも、無自覚的にも、構築し続けているのではないか、
と思えるのです。
「自分」について考えてみると、つねに変わらないようで、
ふだんとは違う面を、ふいに表すことがあったり、
日によって・相手によって・環境によって、など
何かしらの要因を伴って、どこかが違う自分が出ていたり、
時には、
「感情」の波が押し寄せて🌊
自分でも、知らなかった「自分」になってしまうことも有り、
ピッタリ!コレ!
という「自分らしい自分」がつねに、居るわけではないと思えます。
いえいえ、
「自分らしく」生きましょう!
とか、
「自分らしい自分」を見つけましょう!
と、いう話ではないんです💦
私が今回、書かせて頂きたいのは、
「心」が、探し続ける、先にあるものの方なのです。
「心」が求める、「自分らしい自分」が求めるもの🎀
どの「自分」であっても、
「自分」なので、
どれも「自分らしい自分」のはずですが、
「自分らしく、ありたい」
という、素直な意欲が、
自分を縛り続け、
「自分らしさ」
「自分らしい自分」
を、維持しようとすることが、
それなりのストレスになってしまう、こともある、
とも思えます。
頑張り屋の自分も、
怠惰でテキトーな自分も、
マジメな自分も、
不真面目な自分も、
その都度、違って当たり前で、
どれも
「自分らしい自分」と言えると思います。
「心」は、
単純に、
何かしらの「理想」を持っていて、
その「理想の自分」に、当てはまる、
「自分らしさ」
を追いかけようとするのかも知れません。
それが、
ストレスの原因になるかも知れない、とは思いますが、
でも、
「心」が「理想の自分」を求めるのは、
誰かと、仲良くしたい
誰かを、より理解したい
誰かとの時間を、もっと大切にしたい
という、
「心」と「心」が繋がり合う時間を、求めているという面もあるから
ではないか、
と思えるんです💗
なので、
「より良い自分」
「より繋がりを深められる自分」
「より分かち合える自分」
という
「心」が探し続ける、
「自分らしい自分」を、
自分自身が、
(変な表現ですが)
理解して、
「そうだったね。分かるよ」
「無理しないで行こうね」
「どの自分も、大事な自分だよ」
と、
受けとめて、受け入れることが出来たら、
もっと、気持ちの軽やかさが増すのではないのかな~
という気がします😌←穏やかな表情のつもり